海外へ旅に出てみて気づいたことは、
自分が夢想していた時代と、2011年の世界がおおきく
違う、ということ。
海外を旅する夢は、高校のころから何度も読み返した
沢木耕太郎の「深夜特急」がきっかけだった。
だから、本当は大学生になったら、とかそういう
時代のイメージだったのだろうけど、
いざ学生になった時に自分が下した決断は
自分に与えられた、と信じていた国文学の世界に
しっかりと向き合うことだった。
大学2回生の時に起こった9・11の映像を見て、
衝動的に「やろう」と思ったことが
大学のあった京都に一人住まいをして、
とにかく自分の中にたまっているなにかをぶつけて
ひたすら学ぶことだった。
それはただただ研究に没頭したかったという
理由ではなくて、自分にはいったい何ができるのか
を探したいという衝動だったんじゃないかと思う。
それが結果的には今につながっているわけだけれど、
文学を学んで世界から戦争やテロがなくなるなどということは、
誰も想像しない。
大学のころには、世界を知る前に、日本を知ろうという気分で、
日本のあちこちを旅した。
そうして旅をしたり自分の国の社会を文学をとおして
考えるとき、いつも頭に浮かんでくることばがある。
今となってはもう誰だったのかすら
わからなくなってしまった、同じ高校に通っていた同級生の何気ない一言。
「俺はもう日本なんてどうでもいい。海外へ行くよ。」
その時からずっとそ一言が心に残ってしまった。
自分たちは日本のことなんかなにもわかっていない。
自分の生まれた国をそんな生半可な知り方しかしていないのに、
海外へいって何がつかめるのか。
どこかにそんな思いを持っていくつかの決断をしながら、
学生時代を過ごしていたんだろうと思う。
早くに海外へ出た人たちは、多くの人が、
初めて自分の「国」や「民族」というものの
薄っぺらさに気づかされて帰ってきた。
しかし、一方で日本の中で日本を学び続けてきた自分も、
結局のところ、自分のアイデンティティを確かめる機会も
もたず、透明人間のように国籍を持たない人種として
小さな島国の急激な時代のながれに身を任せて生きていた。
そして、そのまま社会に出て、自分の中で何かが育つのを
待つように、8年間走ってきた。
「自分次第でなにかは確実に変えることができる」
そう気づいて動き出すには、少し遅すぎたかもしれない。
やっと重い腰をあげた自分の足を、
今までとは違う場所に運んだ。